【偉大なる育児家】杉良太郎さんの功績

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【偉大なる育児家】杉良太郎さんの活動をご存知ですか?

偉大なる育児家として真っ先に思いつくのは昭和の大スター杉良太郎さんです。

1965年に歌手デビューして以来、時代劇を中心に俳優として大活躍され最近ではドラマ「下町ロケット」での名演技も話題となりました。

今年2019年7月28日にベトナム・ハノイで開催された杉さんプロデュースの「ASEAN-Japan Music Festival」では、

日本代表としてEXILEのATSUSHIさん、倖田來未さん、三浦大知さんらが参加され、若手アーティストの交流も積極的にされているようです。

ボランティア活動で有名

そんな杉良太郎さん、桁違いの福祉活動でご存知の方も多いと思います。

東日本大震災の時は水2トン、下着類4000枚、歯みがき一式1万セット、クレベリン業務用セット2000セット、入れ歯洗浄剤500個、だるまストーブ21台、石油ストーブ8台、灯油やガソリン燃料などの、被災者を思い考え抜かれた支援物資を用意し、

スタッフ総勢30人体制で、20トントラック2台、タンクローリー車1台、冷蔵・冷凍車2台、乗用車7台、のべ12台の車両で被災地に駆けつけ、2万食のカレーや豚汁を提供しました。

緑綬褒章を受賞

15歳の頃から福祉活動に取り組まれる大ベテランです。最も長く続けられている活動が「刑務所への慰問活動」だそうです。

半世紀以上に渡る慰問活動の功績が認められ、2008年には芸能人では初めてとなる緑綬褒章を受賞されました。

杉良太郎さんは、ベトナム人孤児100人以上のお父さん

杉さんの数多くの活動の中で、私が最も感銘を受けたのは、ベトナム人孤児100人以上のお父さんをされている、ということです。

1980年代後半初めてベトナムの孤児の養護施設を訪れた際、多くの子供たちが土産の菓子に大喜びする中、一人だけ寂しそうにしている少女がいたそうです。

通訳を介して話しかけると少女は「お菓子なんかいらない。お父さんとお母さんがほしいの」と言いました。

杉さんは建物の外に出て泣いた後、その場で里親になろうと決意し「私が君たちの父親になります」と即座に4人を養子にしました。

以後、ベトナム訪問のたびに養子の数を増やしていったそうです。

杉さんの優しいメッセージ

杉さんの福祉活動の話を知ると、小さなことで悩んだり落ち込んだりするのが恥かしくなったりします。そんな私達をはげまし元気にしてくれる、杉さんのこんな優しいメッセージがありました。

「福祉をやるには確かに時間とお金がかかります。特にお金がないと見栄えのいい福祉はできません。でも、お金がない人は時間を寄付すればいいです。お金も時間もない人は、福祉に対する理解を示して、実際に活動をしている人に拍手を送るだけで十分です。それでもう立派な福祉家なんです。福祉とはそういうものなのです。」

杉さんのようにスケールの大きいことはできないかもしれませんが、未来の子供たちの為に我々に出来ることは沢山ありそうです。偉大なる福祉家であり「偉大なる育児家」、杉良太郎さんカッコイイです。